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車のカリキュラム / 第3講 メーカーの地図・日本編 / 図解①

マツダの歴史 ・・・ 数で勝てないなら、ちがうことをやる

横=年代/縦=4つの流れ。危機のレーンが何度も動いているのに、技術のレーンが途切れていない。そこがこの会社の見どころです。
会社のできごと危機と転換世界へ技術
〜1920s創業期
1930s戦前
1940s戦中戦後
1950s再建
1960s大衆化
1970s規制
1980s世界へ
1990s転機
2000s再編
2010s立て直し
2020s電動化
会社のできごと組織・体制
1920東洋コルク工業 設立広島で創業
1927東洋工業に改称
1945被災後すぐ生産再開三輪トラックから
1960四輪に参入R360クーペ
1979フォードと資本提携
1996フォードの傘下に出資比率が上がる
2015フォードとの資本関係を解消
2017トヨタと資本業務提携
2021米国工場が稼働トヨタと共同 ⏳
危機と転換何度も訪れた正念場
1945原爆で広島が被災本社は県庁の仮庁舎に
1973オイルショックロータリーの燃費が弱点に。販売が急減
1990s5チャンネル販売の失敗経営が大きく傾く
2008金融危機フォードが出資を縮小
2020s規模の小ささ電動化投資の重さが課題 ⏳
世界へ輸出・レース・提携
1970s米国への輸出が本格化
1980s北米で販売を伸ばす
1991ル・マン24時間 総合優勝日本車として初
2010s独立路線での再建自前の技術で戦う
2021アラバマ工場 稼働
技術作ったもの
1931マツダ号DA型三輪トラック
1961ロータリーの技術提携
1967コスモスポーツ世界初の量産2ローター
1978サバンナRX-7
1989ロードスター世界一多く作られた小型オープン
1991787Bのロータリール・マンを制した心臓
2003RX-8
2012SKYACTIVとCX-5魂動デザインも全車へ
2019MX-30
2023ロータリーが復活発電機として ⏳

🏆 いちばん大きな賭け

ロータリーエンジン。各国のメーカーが手を引く中で量産までもっていき、ル・マンの総合優勝まで届かせました。同時に、燃費の弱点で会社を危機に追い込んだのもこの技術です。

💡 ここだけ押さえる

危機のレーンが何度も動いているのに、技術のレーンは一度も止まっていません。規模で勝てないぶん、技術で存在理由を作ってきた会社です。

⚠️ 影の部分も見る

1990年代に販売店を5系列に増やした戦略は失敗し、外資の傘下に入りました。規模の小ささは、いまも電動化投資の重さとして残っています。

出典:マツダ 公式企業サイト(沿革・企業情報)ほか。年月は代表値で、細部は公開後に確認します。 車のカリキュラム 図解① マツダ / © 2026 秋元進吾
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