「なんで分かってくれないんだろう」
家庭でも、職場でも、教室でも。この一言が出るとき、わたしたちはたいてい二択で考えています。相手が冷たいのか、自分の伝え方が悪いのか。
でも、三つ目の答えがあります。しかも、いちばん多い答えです。
悪意でも、愛情不足でも、伝え方の失敗でもなく・・・見えているものが、違うだけ。
今日は、その「見えているものの違い」を扱う力の話をします。心理学では心の理論と呼ばれています。
心の理論(Theory of Mind)は、「他者の心を類推し、理解する能力」のことです。この言葉は、1978年にプレマックとウッドラフという研究者が論文で使ったのが始まりとされています。
むずかしそうな名前ですが、中身は毎日やっていることです。
自分の頭の中と、相手の頭の中を、別のものとして扱う。それだけの力です。ただ、この「それだけ」が、人間関係のほとんどを支えています。
この力を確かめる、有名な課題があります。バロン-コーエンらが1985年に用いた、サリーとアンの課題です。
お話はこうです。
さて、質問です。サリーは、どこを探すでしょう?
正解は「カゴ」です。サリーは移されたところを見ていないのだから、カゴにあると思っている。
ところが小さな子どもは「箱」と答えます。自分がビー玉のありかを知っているので、サリーも知っているはずだと考えてしまうのです。
一般に、この課題を通過できるようになるのは4歳後半から5歳ごろとされています。3歳の子は、自分が知っている事実のほうで答えてしまいます。
つまり、この力は生まれつき備わっているものではなく、育つものなのです。
ここからが本題です。
大人はもちろん、サリーの課題には正解できます。でも日常では、しょっちゅう「箱」と答えています。
全部、同じ形です。自分が知っていることを、相手も知っているつもりで話している。
やっかいなのは、いったん知ってしまうと「知らなかったころの自分」を思い出せなくなることです。知識は、外せないメガネのようなものです。だから、わざわざ外そうとしない限り、相手には別のものが見えているという事実を忘れます。
知っていることを、知らないことにはできない。 これがすれ違いの正体です。
心の理論が働いているとき、わたしたちはこんなことができています。
つまり、社会でうまくやっていくための道具のほとんどが、この一つの力に乗っています。だからこそ、疲れているとき、余裕がないときに、まっさきに落ちるのもこの力です。
すれ違いが増えたと感じたら、相手や自分の性格を疑う前に、お互いの余裕が減っていないかを見てください。責める材料ではなく、休む合図かもしれません。
心の理論を鍛える方法は、実はとても地味です。
すれ違ったとき、責める前に、一度だけこう問うだけです。
「この人には、何が見えていたんだろう?」
この問いには、いいところが二つあります。
一つは、相手を責めずにすむこと。悪意を探すのをやめて、見えていた情報を探しにいけます。
もう一つは、自分も責めずにすむこと。伝え方の失敗ではなく、前提の共有もれだと分かれば、直す場所がはっきりします。次からは、省略していた前提を一つ足せばいいだけです。
そして、答えが分からないときは、聞いてしまって大丈夫です。「これ、どこまで聞いてる?」「わたしはこう理解してるけど、合ってる?」・・・確認は、疑いではなく、メガネの交換です。
心の理論を、ひとことで言うとこうなります。
自分専用のメガネを外して、相手専用のメガネを借りて、世界をのぞいてみること。
自分のメガネしかかけていないと、相手はいつも「間違っている人」に見えます。でも借りてみると、その人なりに筋の通った景色が広がっていることが、けっこうあります。
外して、借りて、また自分のに戻す。これを何度もやっているうちに、少しずつうまくなります。4歳の子がある日サリーの気持ちに気づいたように、大人になってからも、この力は伸びます。
人生は、たとえ遠回りしても、いつでも今からリニューアルできます。人との分かり合い方も、同じです。
(秋元進吾)
今日いちばん「なんで分かってくれないんだろう」と思った場面を、ひとつ思い出してください。そして、この問いだけ置いてみてください。
「この人には、何が見えていたんだろう?」
自分の心を見る道具は、こちらです。この記事の前の一歩にあたります。
相手の心を想像して言い換える実践は、こちらに50例あります。この記事の次の一歩です。
大切な人との「伝わらなかった夜」の話は、こちらに書きました。