はじめに(第0講)(別タブで開く)で予告した「脳の仕組み編」の、入口にあたる回です。
こんにちは。秋元進吾です。
今日は、「忘れること」の話をします。
覚えたはずのことが出てこないたびに、自分の頭を責めてしまう人に向けて書きました。
テストの前の日、ノートを見ながら、何度も口の中でくり返した。次の日のテストでは、なんとか書けた。ほっとして、何日かたって、同じところを開いてみたら、手が止まった。あんなに覚えたはずなのに、ぜんぶ忘れてる。
そういうことって・・・ほとんどの人は、きっと、少なくとも一度や二度は経験があると思います。読んだこと、見たことをすべて記憶できる人なんて、ほんの一握りの人だけです。だから、安心してください。
授業中は「わかった」と思ったのに、家でノートを開いたら、何が書いてあるのかわからない。友だちは覚えているのに、自分だけ抜けている気がする。返ってきた答案を見て、あんなに覚えたのに、これだけしか書けなかったのか、とがっかりする。先生に「ちゃんと復習した?」と聞かれて、したんだけどな、と思う。そのたびに、心の中でこう言う。「自分は物覚えが悪い」「頭がよくないんだ」。
先に、答えを言ってしまいます。
それは、あなたの頭に問題があるわけではありません。頭の、ふつうの動きです。むしろ、忘れないほうが、頭にとっては困るんです。
頭は、倉庫(そうこ→荷物を入れた順にしまっておく建物)ではありません。入れたものを、入れた順に、ぜんぶ棚に並べておいてくれる場所ではないんですね。
頭は、使わないものから、だんだん手放していきます。これは欠陥(けっかん→こわれているところ)ではなくて、整理です。もし、見たもの聞いたものをぜんぶ、そのまま保存していたら、頭がパンパンになって、処理しきれずに悲鳴をあげて止まってしまいます。今日の帰り道ですれちがった人の顔、電車の窓から見えた看板、教科書の隅に小さく書いてある注記。ぜんぶ保存していたら、必要なものを取り出せなくなる。だから頭は、勝手に選びます。「これは要る」「これはもういい」を、本人に聞かずに決めています。
テストの前の日に覚えたことは、テストが終わった瞬間から、「もういい」の箱に入りやすいんですね。使う予定が、頭から見えなくなるからです。
つまり・・・忘れるのは、覚え方が下手だったからではなくて、そのあとに、使う場面がなかっただけ、なんです。
思い出してみてください。
自転車の乗り方は、覚えようとして覚えたわけではありません。何度も乗ったから、残っています。何年か乗らなくても、またこげます。
仲のいい友だちの名前を、暗記した人はいません。呼んだから、残っています。
好きな曲の歌詞は、書き取りをしたわけでもないのに、出てきます。歌ったからです。
家までの道順も、通ったから、残っています。ゲームの操作も、家の電気のスイッチの場所も、部活で体が勝手に動く型も、ぜんぶ同じです。
逆に、教科書のあの一行。読みました。線も引きました。でも、そのあと、使いませんでした。
覚えた数と、残った数は、べつものなんですね。たくさん覚えたから、たくさん残るわけではないんです。
頭に残るのは、覚えたことではなく、使ったことです。
はじめに(第0講)(別タブで開く)で、「詳しくは、脳の仕組み編でやります」と書きました。この記事は、その入口です。脳の細かい仕組みは、これから少しずつ書いていきます。今日は、この一文だけ、ポケットに入れて帰ってもらえれば十分です。
「使う」と聞くと、大げさに感じるかもしれません。習ったことを使う場面なんて、生活の中に無い、と。
でも、ここで言う「使う」は、小さなことです。
・人に話す。家で「今日、こんなことを習った」と一言いう。
・書いてみる。ノートを閉じて、自分の言葉で一行だけ書く。
・問題を解く。覚えた言葉を、答えるために頭から取り出す。
・見つける。帰り道や、テレビの中や、買い物の値札の中に、習ったことを見つける。
覚える、と、使う、は、別の行為なんですね。覚えるは、頭に入れること。使うは、頭から取り出すこと。同じことを、間をあけて何度も入れると、頭は「これは大事なものらしい」と受け取って、保存しやすくなります。そこに、取り出すことを足すと、もっと残りやすくなります。頭は、取り出したもののほうを、より大事なものとして扱うんですね。
血肉(けつにく→自分の一部になること)になるのは、覚えたときではなく、使ったときです。
どう学ぶかの道具は、第11講「これから何をどう学ぶか」(別タブで開く)に書きました。ここでは、忘れる仕組みの話だけにしておきます。
「じゃあ、暗記は無駄なのか」。ここは、意見が分かれます。
暗記は無駄だ、という人がいます。使う場面がなければ、消えるだけだから、と。
暗記は必要だ、という人がいます。取り出すためには、まず入れておかないと、取り出せないから、と。
人それぞれ考え方がありますし、その場限りで十分だと主張する人もおられると思います。なので、どちらが正しいかということを、ここで結論を出すのではなく、着眼点(ちゃくがんてん→どこに目をつけるか)を変えてみましょうよ、という話です。これは、順番の話だと思います。一度入れただけで止まると、消えやすい。入れ直して、取り出すと、残ります。入れることをやめる話ではなくて、そのあとに、取り出す時間を、ほんの少し足す話なんですね。
たぶん、あなたの中にも、両方があります。前の晩に詰めこんで、テストが終わったら消えたもの。何度も解いているうちに、いつのまにか残ったもの。同じ頭で、同じ人が、やっています。ちがったのは、頭の出来ではなく、そのあとに取り出したかどうかです。
どちらの立場に立っても、「使ったものが残る」のところは変わりません。
第15講「合格した翌日、登る理由がなくなる。」(別タブで開く)で、目的と目標の順番を書きました。
テストは、合目(ごうめ→山頂までの道のりの区切り)です。合目のためだけに入れたものは、合目を過ぎると、頭が手放しやすい。山頂に向けて使ったものは、合目を過ぎても残ります。
たとえば、同じ英語の一文でも、テストのためだけに入れたものと、好きな歌を歌うために入れたものとでは、残り方がちがいます。歌うほうは、テストが終わっても使い続けるからです。頭は、その先に使う予定があるものを、手放しにくいんですね。
だから、忘れたことに気づいたときは、「頭が悪い」ではなくて、「これは、どこで使うんだろう」と考えてみてください。使う場所が見つかると、同じことを覚えても、残り方が変わります。
いつもどおり、最後にひとつだけお願いをします。ひとつだけです。
言ってみるだけでいいです。今日はそれで十分です。
わたしも、この記事を書きながら、思い出してみました。学生のときのことです。試験の日、昨日覚えたことがちょうどテストに出て、やったぁ、とうきうきしながら問題文を読み終わった。そのとき、あれ? 確かにこの内容は昨日覚えたはずなのに、これだっけ? あれだっけ? と急にいろんなことが脳裏に浮かんできて、ごちゃごちゃした答えしか書けなかったんです。自分の覚え方が、なんて薄っぺらかったんだろう、と悔しい思いをしました。一夜漬けでうまくいく人も、たくさん見てきました。でも、わたしの場合は、一度にたくさんの情報を入れると、頭の整理が間に合わないんだと分かって、一夜漬けはやめて、早くからテスト対策をとることにした。そんな記憶があります。
忘れるのは、あなたの頭のせいではありません。頭は、使ったものを保存する。それだけの、ふつうの動きです。
忘れたことに気づいたとき、「物覚えが悪い」ではなく、「まだ使っていなかった」と言い直してみてください。言い直すだけで、次にやることが、ひとつ変わります。
前回の講。
あわせて読む講。
全体像は、入口の一枚の絵から。
つながる先:はじめに(第0講)/第11講 これから何をどう学ぶか/第15講 合格した翌日、登る理由がなくなる。/仕組み資料室/7つのそだてる力 知性の枝
2026-09-23 公開しました。
AIのサポートを受けながら、私のアイデアと考えを体系化した作品集です。