いつも買っているパンがあります。
同じ棚、同じ袋、同じ大きさ。なのに、値札の数字だけが、去年と違う。
誰が上げたんでしょうか。
お店の人でしょうか。作っている会社でしょうか。それとも、もっと別の誰か。
前回の第6回「その会社は、誰のお金で動いているのか」(別タブで開く)で、会社という箱の中を開けました。お金が入ってくる3つの入口と、給料が売上から出ていること。今日は、その箱の外側の話です。値段は誰が決めているのか。そして、借りたお金の利息は、なぜ動くのか。
まず、パン1個の値段の中身から。
材料代。作る人の人件費。お店の家賃と光熱費。運ぶ費用。そして、会社に残る利益。前回の「売上から出ていくもの」の並びと同じです。原価は消えない、という話は、第1回「その"無料"、誰が払っているか考えたことありますか?」(別タブで開く)でもしました。
でも、値段はそれを足し算しただけでは決まりません。
もうひとつ、綱引きがあります。
買いたい人が多くて、数が足りなければ、値段は上がりやすい。買いたい人が少なくて、余っていれば、下がりやすい。売る側と買う側の、引っぱり合いです。学校の言葉で言うと、需要(じゅよう・買いたい量)と供給(きょうきゅう・売りたい量)ですね。
つまり、、、値段は、誰かひとりが決めているのではありません。かかった費用と、綱引きの結果が、値札の数字になっています。
お店の人も、会社の人も、綱引きの参加者のひとりです。あなたも、そうです。
パン1個の話なら、それで終わりです。でも、パンも牛乳も電気代も散髪代も、ぜんぶがいっせいに上がっていくときがあります。
世の中の値段ぜんぶの水準のことを、物価(ぶっか)と呼びます。物価が上がる、というのは、あれもこれも高くなる、ということです。
物価が動く入口も、だいたい決まっています。
ひとつ。材料やエネルギーの値段。
小麦も、石油も、その多くが海の向こうから来ています。向こうで値段が上がれば、こちらのパンにも乗ってきます。
ふたつ。お金の交換レート。
外国のものを買うときは、円を外国のお金に替えて払います。その交換レートが動くと、同じものを買うのに必要な円の枚数が変わります。円の力が弱くなる(円安・えんやす)と、輸入するものは高くなりやすい。
みっつ。人手。
働く人が足りないと、給料を上げないと来てもらえません。上がった給料は、値段に乗ります。前回の人件費の話です。
よっつ。みんなが買う量。
世の中全体で買う量が増えれば、綱引きは上がるほうに寄ります。
「値上げのお知らせ」という紙の裏には、たいてい、この入口のどれかがあります。
ここが、暮らしにいちばん近いところです。
物価が上がって、給料がそのままだと、どうなるか。
財布の中の千円札は、千円のままです。でも、買える量が減っています。数字は同じなのに、中身が軽くなる。
だから世の中は、物価と一緒に給料も上がっているかどうかを、あんなに気にします。第2回「振り込まれた金額が、求人票より少ない理由」(別タブで開く)で、求人票の月給に0.8をかける話をしましたが、その数字の重さも、物価が動けば変わってきます。
ここは、感じ方が人によってぜんぜん違うところです。値段が上がって困る人もいれば、値段が上がったおかげで売上が増える側の人もいる。
同じ出来事が、立場で逆に見える。この連載で何度も出てくる形が、ここにもあります。
もうひとつの主役、金利(きんり)の話をします。
お金を借りると、返すときに、借りた額より少し多く返します。その「少し多く」の部分が利息(りそく)で、それを割合で表したものが金利です。
つまり、、、金利は、お金のレンタル料です。
借りる側だけの話に聞こえますが、実は、あなたが銀行にお金を預けているとき、あなたは銀行にお金を貸しています。預金の利息は、そのレンタル料です。
銀行は、預かったお金を、家を買う人や会社に貸します。預けてくれた人に払うレンタル料より、貸す相手からもらうレンタル料のほうを高くする。その差が、銀行の商売です。前回の3つの入口のうち、「借入」は、この仕組みの上に乗っています。
そして、金利は動きます。
金利が上がると、借りる人にはきつくなります。住宅ローンを組んでいる人、お金を借りて商売をしている会社。第13講「家を買う前に読む話」(別タブで開く)でも、金利が支払い総額を大きく動かす、と書きました。
いっぽうで、預けている人には、少しうれしい話になります。同じ出来事が、ここでも立場で逆に見える。
じゃあ、金利は誰が動かしているのか。
これも、誰かひとりの気分では決まりません。ただ、土台の部分を調整している係はいます。
日本銀行(にっぽんぎんこう・日銀)です。
お札を発行しているところで、「銀行の銀行」とも呼ばれます。ふつうの銀行が、お金を預けたり借りたりする相手です。ここが、世の中に出回るお金の量と、金利の土台を調整しています。
一般に、金利の土台を上げると、お金を借りにくくなって、世の中の買う量が落ち着き、物価の上がり方もゆるやかになりやすい、と言われています。下げると、その逆です。
ここから先は、意見が分かれるところです。
いま金利を上げるべきか、下げるべきか。物価はどのくらいがちょうどいいのか。これは、立場によって、年齢によって、持っているものによって、まったく答えが変わります。
だから、この連載はそこには立ち入りません。仕組みを説明するところまでがわたしの仕事で、どう考えるかは、あなたの主導権のほうにあります。
第12講「社会は、どんな仕組みで回っているのか」(別タブで開く)で、登場人物は3人、という地図を描きました。わたしたち、会社、国やまち。そのあいだを、お金と働きとサービスが回っている。
今日の話を、あの地図に乗せると、こうなります。
みんなが買う。会社の売上になる。給料が払われる。また買う。この回転が速いときを景気(けいき)がいい、遅いときを景気が悪い、と呼びます。値段と金利は、その回転の速さに効いてきます。
そして、あなたの財布は、この回転のいちばん端っこにあるのではありません。
パンを1個買った瞬間、あなたは回転に参加しています。末端ではなく、参加者です。
物価が何パーセント上がった、金利が何パーセント、という数字は、この記事には書きません。毎月変わるからです。
かわりに、確かめ方を置いておきます。
世の中の物価の物差しは、「消費者物価指数」(しょうひしゃぶっかしすう)で検索すると出てきます。国が毎月出している、値段ぜんぶの平均のようなものです。
でも、いちばん確かなのは、あなた自身のレシートです。
いつもどおり、最後にひとつだけお願いをします。ひとつだけです。
そして今日、その値段をどこかに書き留めてください。レシートを1枚、封筒に入れておくだけでもいいです。
数か月たったら、同じものの値段を見てください。
それが、あなた専用の物価指数です。ニュースの数字より、よほど自分の暮らしに近い数字が、そこに出ます。
わたしも、この記事を書きながら、いつも買っているものの値札をひとつだけ書き留めました。
見るまでは、ただの数字でした。見たあとは、ちょっとだけ、綱引きの跡が見えてきます。
前回。会社という箱の中身を開けました。
値段の土台、原価が消えないという話。
金利が支払い総額を大きく動かす話。
この連載の地図(1枚目)はこちら。
連載の棚はこちら。
この回で育てる力:お金(副:知性)
次回は、お金からいったん離れて、教育の仕組み。学校は、なぜあの形なのか。
この連載の土台:仕組みには、作った側の目的や意図があります。作られた側からは、それが見えにくい。だから、知らなかったのは、あなたのせいじゃない。習ってないだけです。
秋元進吾でした。