給料明細のいちばん上のあたりに、会社の名前が書いてあります。
株式会社なんとか。合同会社なんとか。
毎月見ているはずなのに、その4文字が何を意味しているのか、わたしは長いこと考えたことがありませんでした。
第2回「振り込まれた金額が、求人票より少ない理由」(別タブで開く)で、受け取る側の話をしました。振り込まれた金額が求人票より少ない理由。そして第5回「そのお金は、積み立てられていません」(別タブで開く)の終わりで、次は払っている側の中を開けます、とお伝えしました。
今日は、その約束の回です。
会社って、そもそも何者なのか。そして、あなたに払われているお金は、どこから来ているのか。
最初に、いちばん不思議なところからいきます。
会社は、人ではありません。体もないし、手も足もない。
なのに、あなたと契約を結んでいます。銀行に口座を持っています。お金を借ります。税金を払います。ときどき、裁判で訴えられたりもします。
人ではないのに、人と同じことができる。
これは、法律がそう決めているからです。会社のような団体を、法律の上では人と同じように扱うことにする。この仕組みを、法人(ほうじん)と呼びます。「法律がつくった人」という意味です。
法人には、名前があります。住所があります。誕生日(設立の日)もあります。そして、中にいる人が入れ替わっても、名前はそのまま続きます。社長が代わっても、あなたの雇い主の名前は変わらない。
つまり、、、会社は「箱」です。
人ではなく、人が出たり入ったりできる箱。箱に名前がついていて、その名前で約束ができる。
ちなみに、箱を作らずに商売をしている人もいます。自分の名前で仕事をしている人です。わたしも、そちら側です。はじめは小さなネットショップからで、税務署に開業届(かいぎょうとどけ)という紙を1枚出しました。箱は作っていません。
箱を作るか、作らないか。どちらも商売です。ただ、箱を作ると、ここから先の話が全部ついてきます。
会社という箱の中には、席が3つあります。
ひとつめ。お金を出す席。
会社を作るとき、元手(もとで)のお金を出す人がいます。株式会社なら、その人たちを株主(かぶぬし)と呼びます。出したお金は、返してもらう約束のお金ではありません。そのかわり、その人は会社の持ち主のひとりになります。持ち分は、ほかの人にゆずることもできます。
ふたつめ。経営する席。
箱をどう動かすか決める人です。社長、と呼ばれることが多いですね。株式会社では、お金を出した人たちが集まって、この席に座る人を選びます。
みっつめ。働く席。
箱の中で、日々の仕事をする人です。会社と契約を結んで、時間と働きを渡し、給料と保障を受け取ります。求人票を見ているとき、あなたが見ているのはこの席です。
大きな会社では、3つの席にぜんぜん別の人が座っています。株主は何千人もいて、社長は選ばれていて、働く人はさらに別。
小さな会社では、同じ人が2つの席、3つの席を兼ねています。社長が自分でお金を出して、自分で経営して、自分でも現場に立つ。
わたしは、箱を作っていない側なので、3つの席にひとりで座っているようなものです。お金を出すのも、決めるのも、働くのも、全部ひとり。
ここで、ひとつ見方が変わります。
就職というのは、会社に「入る」ことだと思っていました。でも仕組みの上では、箱の中の「働く席」に、契約して座ることです。
会社に所属するのではなく、会社と契約する。そして契約なので、中身は紙でもらえます。働く時間、休み、給料の決まり方。働き始める前に、その条件を書いたものを渡す決まりになっています。
18歳になったら、自分の名前で契約ができるようになる、という話を第10講「18歳になったら、何が変わるのか」(別タブで開く)に書きました。あれの、いちばん大きな契約のひとつが、この「働く席」の契約です。
さて、本題です。あなたに払われている給料は、どこから来ているのか。
会社という箱にお金が入ってくる入口は、大きく3つあります。
ひとつめ。売上。
お客さんが払ったお金です。第1回「その"無料"、誰が払っているか考えたことありますか?」(別タブで開く)で、無料に見えるものにも原価があって、誰かが先に払っている、という話をしました。あの「誰か」の先にいるのが、お客さんです。
ふたつめ。出資(しゅっし・元手のお金を出してもらうこと)。
さっきの、お金を出す席の人たちが入れたお金です。返す約束のないお金ですが、そのかわり、会社の持ち分を渡しています。
みっつめ。借入(かりいれ)。
銀行などから借りたお金です。返します。利息もつきます。家を買うときの住宅ローンと、同じ世界の話です。住宅ローンの話は、第13講「家を買う前に読む話」(別タブで開く)に書きました。
そして、あなたの給料は、基本的にはひとつめの「売上」から出ています。
お客さんが払ったお金から、材料代、家賃、光熱費、そして人件費(じんけんひ・働く人に払うお金)が出ていきます。全部払って残ったものが、利益です。利益には税金がかかります。税金の行き先は、第4回「その税金は、どこへ歩いていったのか」(別タブで開く)でたどりました。
ここで、大事なことをひとつ。
給料は、利益が出てから払うものではありません。利益が出る前に、先に払う約束です。
売れなかった月でも、給料日は来ます。だから会社は、いい月に貯めておいたお金や、借りてきたお金で、凸凹をならしています。ふたつめと、みっつめの入口は、そのためにもあります。
つまり、、、あなたの給料は、社長の財布から出ているのではありません。お客さんが払ったお金を、箱が受け取って、先に約束したぶんをあなたに渡している。その流れの上に、あなたの給料日があります。
会社には、一生があります。
作られて(設立)、大きくなったり小さくなったりして、ほかの箱と一緒になったり、たたまれたりします。
たたまれるとき、箱の中にいた人は、外に出ます。会社がなくなっても、席に座っていた人がいなくなるわけではありません。経験も、身につけたことも、その人のものとして残ります。
そして、働く人を守るためのルールは、法律のほうに用意されています。給料の払い方、働く時間、休み。困ったときに相談できる公的な窓口もあります。箱の中でうまくいかないことがあっても、箱の外にルールと窓口がある。これを知っているだけで、少し違います。
会社という仕組みをどう思うかは、人によって違います。
会社は冷たい場所だという人もいれば、育ててくれた場所だという人もいます。会社は誰のものか、という話も、昔から意見が分かれています。
この連載は、そこには立ち入りません。
箱の形と、席と、お金の入口。ここまでを説明するのがわたしの仕事で、それを知ったうえでどう思うかは、あなたの主導権のほうにあります。
ただ、席は固定ではない、ということだけは書いておきます。
働く席に座っている人が、その会社の株を持てば、お金を出す席にも少しだけ座ることになります。経営する席に呼ばれることもあります。自分で新しい箱を作ることも、箱を作らずに自分の名前で始めることもできます。
どの席がいい、という話ではありません。席が複数あって、移れる。それだけ知っていれば、求人票の見え方が変わります。
いつもどおり、最後にひとつだけお願いをします。ひとつだけです。
給料明細の上のほうでも、お菓子の袋の裏でも、駅の看板でもかまいません。
そして、その名前の箱の中に、3つの席があるところを想像してみてください。お金を出した人。決めている人。働いている人。
それだけでいいです。今日はそれで十分です。
わたしも、この記事を書きながら、机の上にあった飲み物のラベルを裏返して、社名を見ました。
見るまでは、ただの文字でした。見たあとは、ちょっとだけ、箱と席が透けて見えてきます。
前回。年金は貯金ではなく、仕送りでした。
受け取る側の話は、こちら。
「契約」という言葉が気になったら、こちら。
連載の棚はこちら。
この回で育てる力:お金(副:知性)
次回は、箱の外側の話。値段と金利です。
この連載の土台:仕組みには、作った側の目的や意図があります。作られた側からは、それが見えにくい。だから、知らなかったのは、あなたのせいじゃない。習ってないだけです。
秋元進吾でした。