通帳を開くか、銀行のアプリを立ち上げてみてください。
数字が出てきます。
その数字は、どこにあるんでしょうか。
銀行の地下に大きな金庫があって、棚に自分の名前の袋が並んでいて、その中に札束が入っている。そんな絵を思い浮かべたことがある人は、けっこう多いと思います。わたしもそうでした。
でも、そうではないんですね。
前回、第10回「そのお札は、なぜ、ものと交換できるのか」(別タブで開く)で、お金は約束の記録です、と書きました。今日は、その記録が銀行の中でどう扱われているか、という話です。
第7回「その値段は、誰が決めているのか」(別タブで開く)で、預金は銀行に貸しているのと同じです、と一行だけ書きました。今日は、その先まで行きます。
預金(よきん・銀行にお金を預けること、また預けたお金)という言葉は、あずける、と書きます。だから、コインロッカーに荷物を入れるようなイメージになりやすい。入れたものが、そのまま、そこに置いてある感じです。
でも、実際にやり取りされているのは、こういうことです。
こちらが銀行にお金を渡す。銀行は、いつでも同じ額をお返しします、と約束する。通帳の数字は、その約束の記録です。
コインロッカーではなくて、借用書に近いんですね。だから銀行は、受け取ったぶんをそのまま置いておく必要がありません。そもそも、置いておくだけなら、利息(りそく・お金を借りた側が貸した側に払うお礼のお金)を付ける理由がなくなります。
第7回で、金利はお金のレンタル料です、と書きました。銀行が預金に利息を付けるのは、こちらからお金を借りているレンタル料を払っている、ということです。
では、銀行は受け取ったお金をどうしているか。
貸しています。家を買う人、事業を始める人、設備を入れ替える会社。そういうところに貸して、そこから利息を受け取ります。第7回で書いた、預けた側に払う利息と、貸した側から受け取る利息の差。あれが銀行の商売です。
ここまでは、たぶん想像がつくと思います。
ここからが、ちょっと不思議なところです。
銀行が誰かにまとまったお金を貸すとき、金庫から札束を出して手渡している、わけではありません。借りた人の口座に、数字を書き込みます。それだけです。
すると、どうなるか。
貸す前、その人の口座に使えるお金はありませんでした。貸したあと、その人の口座には使えるお金があります。一方で、他の誰かの残高が減ったわけでもありません。
つまり、、、世の中で使えるお金の量が、増えたんですね。
これは、銀行がずるをしているという話ではありません。同時に、借りた人には返す義務が生まれています。返すと、その数字は消えます。増えたお金は、借りているあいだだけ存在している、ということです。
このはたらきは、信用創造(しんようそうぞう・銀行が貸し出しをすることで世の中のお金が増える仕組み)と呼ばれています。
第10回で、お金は約束の記録です、と書きました。ここでその一行が効いてきます。記録だから、書き込むことで生まれて、返すことで消える。金庫の札束の話をしていたら、こうはなりません。
ここまで読んで、ひとつ引っかかった人がいるはずです。
貸してしまったなら、預けた人が引き出しに来たとき、返せないんじゃないか。
そのとおりです。預けた人の全員が、同じ日に、全額を引き出しに来たら、足りません。
この仕組みは、全員が同時には来ない、という前提の上に立っています。ふだんは、引き出す人と預ける人が入れ替わり立ち替わり来るので、手元にいくらか置いておけば回ります。
とはいえ、前提が崩れることは起こりえます。だから、預けた人のお金を一定の範囲で守るための仕組みが、別に用意されています。預金保険制度(よきんほけんせいど・銀行が破綻したときに預金者のお金を一定の範囲で保護する仕組み)と呼ばれるものです。
守られる範囲がどこまでかは、ここには書きません。制度は見直されることがありますし、条件も預金の種類によって違います。知りたいときは「預金保険制度」で調べると、運営している機関の説明が出てきます。
もうひとつ。
誰かに振込をすると、相手の口座に数字が届きます。あのとき、お金は運ばれているんでしょうか。
運ばれていません。
こちらの銀行が、こちらの残高を減らす。相手の銀行が、相手の残高を増やす。銀行同士のあいだでは、あとから貸し借りの帳尻を合わせています。動いているのは、数字の付け替えです。
第12講「社会は、どんな仕組みで回っているのか」(別タブで開く)で、お金は消えずに移動する、と書きました。移動といっても、荷物が運ばれているわけではない。誰かの記録が減って、誰かの記録が増える。それだけです。
そして、その付け替えの仕事にも、人と設備と時間がかかります。振込手数料は、そこの対価ですね。第1回「その"無料"、誰が払っているか考えたことありますか?」(別タブで開く)と同じで、無料に見えるときは、どこかで誰かが払っています。
第10講「18歳になったら、何が変わるのか」(別タブで開く)で、契約の話を書きました。
口座を作るのも、契約です。紙かアプリの画面に、こちらが同意した条件が書いてあります。どんなときに手数料がかかるか。長く使わないとどうなるか。何をしたら止められるか。
読まずに同意した人を、責める気はまったくありません。わたしも、ぜんぶは読んでいません。ただ、あとから読めるようにはなっています。銀行のサイトの「規定」や「約款(やっかん・契約の条件を細かく書いたもの)」のところに置いてあります。
銀行の話をすると、その先に、大きな議論が並んでいます。
どの銀行がよいのか。金利をどう動かすべきなのか。世の中のお金の量が増えることは、よいことなのか。
ここには、立ち入りません。どれも、真面目な言い分が両側にあります。
仕組みを説明するところまでが、わたしの仕事です。どう考えるかは、あなたの主導権のほうにあります。
いつもどおり、最後にひとつだけお願いをします。ひとつだけです。
これは、銀行がわたしから借りている額です。
見るだけでいいです。今日はそれで十分です。
わたしも、この記事を書きながら、アプリを開いて言い換えてみました。言い換えるまでは、あずけている、という感じでした。言い換えたあとは、こちらが貸している側なんだな、と、ちょっとだけ立ち位置が変わって見えてきます。
前回。お金は約束の記録である、という土台をつくりました。
金利と綱引きの話は、ここに書いてあります。
契約の話は、この講で扱いました。
手数料と原価の出発点は、第1回です。
連載の棚はこちら。
この回で育てる力:お金(副:知性)
次回は、その"増やす話"は、誰のお金を、誰に回しているのか。
この連載の土台:仕組みには、作った側の目的や意図があります。作られた側からは、それが見えにくい。だから、知らなかったのは、あなたのせいじゃない。習ってないだけです。
秋元進吾でした。
AIのサポートを受けながら、私のアイデアと考えを体系化した作品集です。