財布から、お札を一枚だけ出して、手のひらに乗せてみてください。
軽いです。薄いです。その気になれば、破れます。
でも、これでパンが買えます。電車にも乗れます。場合によっては、誰かの一日ぶんの働きと交換できます。
紙なのに、です。
第9回「その一票は、どこへ運ばれて、何に変わるのか」(別タブで開く)の終わりに、次の期はお金そのものの話から始めます、と書きました。今日からがその話です。
ここまでの9回は、お金が動いていく先を追いかけてきました。給料の明細、値札、税金の行き先、一票の行き先。第12講「社会は、どんな仕組みで回っているのか」(別タブで開く)で描いた地図の、矢印の先っぽを順番に大きくしてきた、という感じですね。
今回からは、矢印そのものを開けます。運ばれていたこのお金って、そもそも何なんだろう、というところです。
お金には、はたらきが3つあります。
ひとつ目は、交換の道具であること。
もしお金がなかったら、パンがほしい人は、パン屋さんがほしがっているものを持っていかないといけません。パン屋さんが今日ほしいものと、こちらが持っているものが、たまたま一致しないと交換が成立しない。これはかなり不便なんですね。お金は、その「たまたま」を待たなくていいようにする道具です。
ふたつ目は、物差し(ものさし・ものの値打ちをはかる目盛り)であること。
パンと散髪と電車賃は、形も中身もぜんぜん違います。それでも値札が付いていると、どれがどれくらいか、比べられます。第7回「その値段は、誰が決めているのか」(別タブで開く)で書いた値段の話は、この目盛りの上で起きていることです。
みっつ目は、とっておけること。
魚は置いておくと傷みます。働いた時間も、貯めておけません。お金の形にしておくと、今日の働きを、来月や来年に持ち越せます。
ここで、ひとつ気づいてほしいことがあります。この3つは、どれも紙の性質ではない、ということです。紙は、それ自体では何とも交換できないし、何もはかれないし、置いておけば古くなるし、燃えます。
では、その紙は、なぜものと交換できるのか。
理由は、ざっくり3つあります。
ひとつ目。みんなが「これは受け取ってもらえる」と信じているから。
お店の人がお札を受け取るのは、そのお札が好きだからではありません。次に自分が仕入れをするとき、あるいは家賃を払うとき、相手も同じように受け取ってくれるはずだ、と見込んでいるからです。この見込みのことを、信用(しんよう・相手が約束を守るはずだという見込み)と言います。
ふたつ目。国が、そう決めているから。
日本のお札には、日本銀行券という文字が印刷されています。日本銀行(にっぽんぎんこう・日本の中央銀行)が発行しているお札です、という意味です。
そして、これは支払いに使えるお金です、という決まりが、法律の側にもあります。法貨(ほうか・法律で支払いに使えると定められたお金)という言い方をします。
みっつ目。これで税金が払えるから。
第4回「その税金は、どこへ歩いていったのか」(別タブで開く)で、税金には稼ぐ・使う・持つの3つの入口がある、と書きました。この国で暮らしていると、どこかの入口から税金を納めることになります。その支払いに使えるお金がある、ということは、そのお金をほしがる人が必ずいる、ということでもあるんですね。
3つ並べてみると、どれも紙の話をしていません。全部、人と人のあいだにある約束の話です。
つまり、、、お札の値打ちは、紙のほうにあるのではなくて、受け取る側の「次の人も受け取ってくれるはずだ」という見込みのほうにあります。
お金は、約束の記録です。
これが、今日いちばん持って帰ってほしい一行です。ここが入っていると、次回からの話が全部つながります。
ここで、財布から目を離してください。
いま自分が使えるお金のうち、紙の形をしているものは、たぶん一部です。多くは、通帳の数字か、アプリの画面の数字になっています。
給料は振り込みで届きます。家賃も光熱費も引き落とし。買い物はカードやスマホ。この一連の流れで、お札は一度も動いていません。動いているのは数字です。
第12講で、お金は消えずに移動する、と書きました。あれは、まさにこのことです。誰かの残高が減ったぶんだけ、どこかの残高が増える。紙が移動しているのではなく、記録が書き換わっている。
そう考えると、さっきの一行がそのまま使えます。約束の記録なら、紙である必要はもともと無かった。紙は、記録の持ち歩き方のひとつだった、ということですね。
では、その数字は、どこにあるのか。銀行に預けたお金は、金庫に積んであるのか。
そこは次回、まるごと一回ぶん使います。
もうひとつだけ、見ておきたいところがあります。
カードやスマホで支払うとき、その支払いは、店とこちらの二人だけで完結していません。あいだに、決済(けっさい・支払いを済ませて代金のやり取りを完了させること)の道を通している会社がいます。道を通す仕事には、費用がかかります。だから、手数料があります。
第1回「その"無料"、誰が払っているか考えたことありますか?」(別タブで開く)で、原価は消えない、誰かが先に払っている、と書きました。ここでも同じです。買う側の画面に手数料が出てこないことは多い。でも、消えてはいません。店が負担しているか、値段のどこかに含まれているか、どちらかです。
どちらなのかは、店によって違います。率も条件も、契約によって違います。だから、ここに数字は書きません。知りたければ、店頭の「お支払い方法」の案内や、事業者向けの決済サービスの料金ページを見てください。考え方のところまでは、公開されています。
お金の仕組みの話をすると、すぐ隣に、大きな議論が並んでいます。
いまの通貨の仕組みがよいのか。国が発行するデジタル通貨をどう考えるか。暗号資産(あんごうしさん・ネット上でやり取りされる、国が発行主体ではない資産)は通貨なのか、別のものなのか。
ここには、立ち入りません。賛成の側にも反対の側にも、真面目な言い分があります。
仕組みを説明するところまでが、わたしの仕事です。どう考えるかは、あなたの主導権のほうにあります。
最後に、約束の記録という言い方が効いてくる場面を、ひとつだけ。
第7回で、物価(ぶっか・世の中の値段全体の高さ)が動く入口は4つある、と書きました。そのうちのひとつが、お金の側です。
パンそのものは何も変わっていないのに、買うのに前より多くのお札が要る、ということが起きます。パンが偉くなったのではなくて、お金の値打ちのほうが下がった、という言い方をします。
なぜそんなことが起きるかというと、お金が紙そのものではなく、約束の記録だからです。約束への見込みが変われば、記録の値打ちも変わる。紙の枚数だけの話ではないんですね。
ここも、原因の評価には立ち入りません。ただ、ひとつだけ形にしておきます。お金は、動かないものさしではありません。ものさしのほうも、少しずつ伸び縮みします。
いつもどおり、最後にひとつだけお願いをします。ひとつだけです。
読むだけでいいです。今日はそれで十分です。
わたしも、この記事を書きながら、財布からお札を出して読みました。読むまでは、ただの紙でした。読んだあとは、これは券(けん・引き換えの約束が書かれた紙)なんだな、と、ちょっとだけ見え方が変わりました。
前回。一票がどこへ運ばれ、何に変わるのかを追いました。
値段と物価と金利の話は、ここに書いてあります。
税金の3つの入口は、ここです。
手数料と原価の話の出発点は、第1回です。
連載全体の地図は、この講にあります。
連載の棚はこちら。
この回で育てる力:お金(副:知性)
次回は、預けたお金は、銀行の金庫にはありません。
この連載の土台:仕組みには、作った側の目的や意図があります。作られた側からは、それが見えにくい。だから、知らなかったのは、あなたのせいじゃない。習ってないだけです。
秋元進吾でした。
AIのサポートを受けながら、私のアイデアと考えを体系化した作品集です。