公開日: 2026-08-10

だれに売る?

更新しました(2026年9月26日) 挿絵を入れました

教室の机を買ったのは、あなたじゃない

いま、教室の机に座っているとして。

その机、だれが買ったか知っていますか。

少なくとも、あなたではありません。あなたの家族でもない。買ったのは、学校・・・正確に言うと、公立なら市や県といったお役所です。

つまり、あの机をつくった会社は、"あなたに"売る仕事ではなく、"お役所に"売る仕事をしています。あなたは毎日使っているのに、お客ではない。ちょっと不思議な感じがしませんか。

1つの文の、みっつめの空欄。「だれに」の話です。ここが変わると、仕事の姿はがらっと変わります。

放課後の教室で1つの机に結ばれた無地の荷札のひもが、窓の外の時計台のある庁舎までのびている。

お客は、4種類いる

売る相手で分けると、商売は4つになります。アルファベットの略語がよく使われるので、まとめて覚えてしまいましょう。BはBusiness(会社)、CはConsumer(消費者=個人)、GはGovernment(政府・お役所)の頭文字です。

BtoC。会社が、個人に売る。コンビニ、ゲーム、美容室。あなたが毎日見ている商売は、ほぼぜんぶこれです。

BtoB。会社が、会社に売る。おにぎり工場に機械を売る会社。コンビニにレジのシステムを売る会社。工場に部品を売る会社。

BtoG。会社が、お役所に売る。道路、信号機、教科書、給食、そして教室の机。

CtoC。個人が、個人に売る。フリマアプリで服を売るのは、これです。ただし思い出してください。売り手と買い手のあいだで"場"を用意しているのは会社でした。前回の「つなぐ」役が、ここでも働いています。

中央の会社から矢印が買い物客やビル、庁舎へ伸び、点線は屋台で品物を手渡しする2人へ伸びる。

テレビに出ない巨大な世界

ここで、この回でいちばん伝えたいことを言います。

あなたが名前を知っている会社は、ほぼ全部BtoCです。理由は簡単で、"あなたに売っている"からCMを打つんです。

BtoBの会社は、あなたに売っていません。だからCMを打たない。だから知られていない。でも、知られていないことと、小さいことは、まったく別です。

社員が何万人もいて、世界中の工場と取引していて、その部品がないとスマホも車もつくれない。そういう会社が、日本にはたくさんあります。あなたが知らないだけで。

第1回の数字を思い出してください。日本の会社の99.7%は中小企業で、テレビで見る会社は0.3%の側でした。今日の話を重ねると、こうなります。"知っている会社"だけで進路を考えるのは、地図のほとんどを見ないで行き先を決めるのと同じです。

光を浴びた手前の車の奥に、ネジ、歯車、配線、座席、タイヤ、ガラスの部品が扇形に浮かび、その下や遠くに小さな工場が並ぶ。

あわてなくて大丈夫です。地図は、この連載でこれから一緒に広げていきますから。


みんなに売るか、一部の人に深く売るか

「だれに」には、もうひとつの分かれ方があります。相手の広さです。

マス(みんな)に売る。水道、スマホ、おにぎり。ほとんど全員が使うものです。相手が広いぶん、大きな会社どうしの競争になります。

ニッチ(一部の人)に売る。左利き用のはさみ。車いすでも着やすい服。部活のマネージャー専用のノート。使う人は少ない。でも、その人たちにとっては"これしかない"商品です。

ニッチの面白さは、小さな池なら、小さな会社でも一番になれることです。全員に好かれる必要はない。だれかの"これしかない"になれればいい。ひとりで商売をする人たちの多くは、この考え方で生きています。


毎日買うか、一生に数回か

最後にもうひとつ、買う頻度。

おにぎりは、毎日買います。1個130円。だから、安さと近さが勝負になります。

靴は、ときどき買います。1足数千円。だから、選ぶ楽しさと納得が勝負になります。

家は、一生に数回です。何千万円。だから、信頼と説明が勝負になります。買う側は初めてで、売る側は何百回目。この差を埋めるのが仕事の中心になる。

同じ「売る」でも、毎日のものと一生に数回のものでは、まったく別の競技です。ちなみにこの"家"、第2部でまるごと1回ぶん使う予定です。家が1軒建つまでを追いかけると、仕事の一生がぜんぶ見えるので。


数字の窓

自動車1台は、およそ3万点の部品でできています。

(トヨタなど、自動車業界で広く使われている目安)

その3万点をつくっているのは、名前をほとんど知られていないBtoBの会社たちです。1台の車がCMに出るとき、その後ろに3万点ぶんの"テレビに出ない仕事"が乗っている。そう思って車を見ると、道路の景色が少し変わります。


ことばの言いかえ


今日の1つ

身の回りのものを3つ選んで、「これを買ったのは、だれ?」と考えてみてください。自分、家族、会社、お役所の4択です。

コツをひとつ。家の中のものだけだと、答えがぜんぶ「自分か家族」になります。学校のもの・・・机、黒板、体育館のボール、廊下の消火器あたりを混ぜると、急に面白くなります。消火器、いい問題ですよ。


次回

地図編の最終回です。

ここまで、仕事を見わける物差しをそろえてきました。最後に、ちょっと驚く話をします。

実は国は、職業の地図を"2枚"持っています。しかも、同じ仕事に別の名前がついている。なぜそんなことになっているのか。この理由がわかると、仕事だけじゃなく、世の中の"分け方"ぜんぶの見え方が変わります。

→ 第5回 地図は1枚じゃない


更新のきろく

2026年8月18日 ファクトチェックを行い、数字の窓の出典の書き方を直しました。「およそ3万点」という数字そのものは今も業界で使われていますが、日本自動車部品工業会の公表資料の中にこの記述を確認できなかったためです。数字は変えていません。