公開日: 2026-08-10
更新しました(2026年9月26日) 挿絵を入れました
商店街を歩いていると、求人の張り紙が2枚、目に入ります。
「ホールスタッフ募集 時給1,200円」
「配管工見習い募集 時給2,500円」
倍以上ちがいます。なぜでしょう。
配管のほうが2倍以上大変だから? ホールの仕事が2倍以上ラクだから? どちらも、働いたことのある人なら首をかしげるはずです。接客は接客で、本当に大変な仕事です。
頑張りの量でも、仕事の立派さでもない。じゃあ、何で決まっているのか。今日はその正体の話です。先に言っておくと、この回は、良い悪いの話をいっさいしません。仕組みの話だけをします。
給料を決めているいちばん大きな力は、需要と供給です。
需要(じゅよう)は、「その仕事をしてほしい」と求めている側の量。
供給(きょうきゅう)は、「その仕事ができる」人の量。
求める側が多くて、できる人が少なければ、給料は上がります。会社どうしが「うちに来て」と取り合いになるからです。
求める側にくらべて、できる人がじゅうぶんいれば、給料は下がります。代わりの人がすぐ見つかるからです。
これは、だれかが意地悪で決めているのではありません。りんごが豊作の年に安くなるのと同じ、市場(いちば)の重力です。全部の仕事に、平等にかかっています。
さっきの張り紙に戻ります。ホールの仕事は、始めるためのハードルが低く、できる人がたくさんいます。配管は、修業と資格が要り、できる人が限られます。時給の差の正体は、この"できる人の数"の差です。

供給が絞られる・・・つまり、できる人が少なくなる理由には、パターンがあります。
資格の壁。看護師、電気工事士、危険物取扱者。免許がないと、そもそもやってはいけない仕事。
修業の壁。職人の腕、料理の腕。身につくまでに年数がかかる仕事。
時間帯の壁。深夜、早朝。やれる人が減る時間の仕事。
危険・過酷の壁。高所、暑さ寒さ、重いもの。体への負担が大きい仕事。
壁の向こう側は、人が少ない。だから分け前が大きくなる。壁は大変さの印であると同時に、重力に逆らうための足場でもあるわけです。

前回までの川を思い出してください。給料は、会社が川から汲んだ水(売上)の分け前でした。
ということは、こうなります。同じ職種でも、水量の多い川のそばで働くか、細い川のそばで働くかで、分け前が変わる。
たとえば経理の仕事。やることは業界がちがってもよく似ています。でも、平均でみると、業種によって給料に差が出ます。会社ごとの川の水量と、川から汲む力がちがうからです。
タテの軸(業種)は、商売の種類の話でした。実は、自分の分け前の話でもあったんです。職種を選ぶとき、どの川のそばでその職種をやるかまで考える。地図の2軸を重ねる意味が、お金の面からも見えてきます。
ここまでの話には、例外があります。
公務員の給料は、市場の重力ではなく、制度で決まります。民間の給料水準を調査して、それに合わせて決める仕組みです。
医療や介護の値段は、公定価格(こうていかかく)・・・国が決める値段です。病院や介護施設は、自分でサービスの値段を上げられません。だから、需要がどれだけ多くても、給料が重力どおりには動きにくい。
「介護はあんなに人手が足りないのに、なぜ給料が急に上がらないんだろう」という疑問の答えの一部が、ここにあります。働く人の頑張りが足りないからでも、仕事の価値が低いからでもない。値段の決まり方が、そもそもちがう世界だからです。
第6回の3つの世界は、給料の決まり方までちがう世界だった、ということですね。
ここまで読んで、もやっとした人がいるかもしれません。その感覚は、正しいです。だから、釘を1本打っておきます。
給料の高い低いは、人の価値の高い低いではありません。
重力の結果と、人の値打ちは、別の話です。給料の安い仕事が世の中から消えたら、社会は1週間ももちません。それは、この連載をここまで読んできたみなさんが、いちばんよく知っているはずです。
そのうえで。重力の仕組みを知っている人は、自分の立ち位置を選べます。供給の側・・・つまり自分は、動かせるからです。
壁の向こうに行く(資格、修業)。あるいは、掛け合わせで珍しくなる。ひとつの力で100人に1人になり、別の力でも100人に1人になれば、掛け合わせで1万人に1人です。「英語ができる配管工」「絵が描ける経理」。組み合わせた瞬間、代わりのいない人になる。

重力は、消せません。でも、重力を知っている人だけが、重力を利用できます。
産業別の平均賃金をくらべると、いちばん高い産業といちばん低い産業では、およそ1.5倍以上の開きがあります。
(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」)
同じ月に、同じ時間働いても、立っている川がちがうと、これだけの差になります。仕事選びの話で「好き」と同じくらい「どの川か」が語られるのは、このためです。
気になる仕事をひとつ選んで、重力の2問に置いてみてください。
「その仕事を求めている側は、多い? 少ない?」
「その仕事が"できる人"は、多い? 少ない?」
そして3問目。「できる人を少なくしている壁は、何?」・・・資格か、修業か、時間帯か、危険か。
壁の正体まで見えたら、その仕事の給料の理由は、だいたい説明がついているはずです。
お金編は、ここまでです。ここからは、地図をたたんで、コンパスの話・・・「自分」の側の話に入ります。
最初のテーマは、避けて通れないあの話。AIです。
「AIに仕事を奪われる」という言葉を、聞いたことがあると思います。怖がらせる話も、大丈夫だと言い切る話も、世の中にあふれています。この連載では、どちらもやりません。かわりに、自分の頭で考えるための道具を1つ渡します。
2026年8月18日 ファクトチェックを行い、冒頭の求人例の時給を1,100円から1,200円に直しました。2026年度の最低賃金(全国の加重平均)が1,121円で、10月からの改定の目安が1,176円と示されているため、例として出す時給が最低賃金を下回らないようにしたものです。給料の決まり方についての説明は変えていません。