公開日: 2026-08-10
更新しました(2026年9月26日) 挿絵を入れました

パンを焼く人が、3人います。
ひとり目は、大手メーカーの工場で、朝から製造ラインを見ている人。焼いたパンは、明日には全国のコンビニに並びます。
ふたり目は、商店街のパン屋さんの店主。朝3時から窯の前に立ち、昼はレジに立ち、夜は帳簿をつけています。
みっつ目は、平日は会社で働いて、週末だけ自宅でパンを焼き、日曜のマルシェ(市場のような催し)で売っている人。
3人とも、職種は「パンを焼く人」です。地図の1階・・・業種と職種で見れば、ほとんど同じ場所に立っています。
でも、毎日の生活は、まるで別ものですよね。起きる時間も、悩みも、お金の入り方も。
進路の面談で聞かれるのは、たいてい1階の質問です。「どの業界?」「何の職種?」。でも、生活の形を決めているのは、実は2階のほうなんです。今日は、その2階に置いてある4つのダイヤルの話をします。

ハブ記事で「船の大きさ」と名づけた軸です。大企業か、中小企業か、ひとりか。
大きな組織は、役割が細かく分かれています。パン工場なら、生地の人、窯の人、品質検査の人、機械整備の人。ひとつの持ち場を深く極められて、仕組みと仲間に支えられます。そのかわり、全体は見えにくくなります。
中小の組織は、役割が広い。町のパン屋の店主は、焼く人であり、売る人であり、経理であり、採用担当です。第1回の数字を思い出してください。日本の会社の99.7%、働く人のおよそ7割がいる世界です。
ひとりは、全部が自分。自由の最大値と、責任の最大値が、同時にやってきます。
どれが上ということはありません。大きな仕組みの中で力が出る人と、全部に手が届くほうが燃える人がいる。性に合うかどうかの問題です。
第11回の文化祭を思い出してください。みんなでひとつのものを作り上げるときの高揚が忘れられない人と、ひとりで黙々と仕上げる時間がいちばん集中できる人がいたはずです。
仕事にも、両方あります。しかも面白いことに、同じ職種の中に両方あるんです。プログラマーでも、何十人で巨大なシステムを作る現場と、ひとりで請け負って完結させる働き方がある。看護師でも、大病院のチーム医療と、訪問看護のように一対一で回る形がある。
職種を決めても、このダイヤルはまだ残っています。だから、憧れの仕事に就いた人が「仕事は好きだけど、働き方が合わない」と悩むことが起こるわけです。逆に言えば、職種を変えなくても、ダイヤルを回すだけで解決することもある、ということです。
方針を決めて、人に動いてもらう側。決まったことを、最高の形に仕上げる側。
世の中にはなんとなく「動かす側が偉い」という空気があります。でも、この連載をここまで読んだみなさんなら、もう分かるはずです。決める人しかいない現場では、何ひとつ完成しません。家の現場監督と職人さんたち・・・どちらが欠けても、家は建ちませんでした。
それに、動かす側とは、かっこよく指示を出す人のことではなく、うまくいかなかったときの責任を引き受ける人のことです。それが力になる人と、すり減ってしまう人がいます。自分はどちらで力が出るタイプか。第11回の6タイプが、ここでもヒントになります。
最後のダイヤルです。ここで、この連載にとっておいた最後のたとえを使います。柱です。
家は、柱が支えています。あなたの生活を支えるのは、収入の柱です。
柱が1本の家。会社からの給料だけで生活する形です。1本に集中するぶん、柱は太くできます。腕も深まります。多くの大人が、この形です。
柱が複数の家。給料に加えて、週末のパンの売上がある。あるいは、ふたつの仕事を半分ずつ。1本が細くても、複数で支えるので、1本にヒビが入っても家は建っています。
太い1本か、何本かの組み合わせか。これも、どちらが正解ということはありません。ただ、事実としてひとつ。昔にくらべて、柱を複数立てやすい時代にはなっています。ネットで小さく売れる、家で仕事を請けられる・・・柱の立て方の選択肢が増えた。選択肢が増えたことと、複数にすべきだということは、別の話です。ダイヤルは、あなたが回すものです。
4つのダイヤル、いま決める必要はまったくありません。
というより、一生に一度だけ合わせるものではないんです。子育ての時期はチーム寄りに、体力のある時期はひとりで挑戦、経験を積んだら動かす側へ・・・人生の時期に合わせて、回し直すものです。
「一生モノの選択」だと思うと、怖くて動けなくなります。鉛筆で書いて、試して、消して、また書く。国でさえ地図を引き直すんですから(第5回)、あなたがダイヤルを回し直すのは、当たり前のことです。
フリーランス(会社に属さず仕事を請ける人)として働く人は、本業・副業をあわせて、およそ460万人と試算されています。働く人のおよそ15人に1人です。
(内閣官房「フリーランス実態調査」令和2年の試算)
教室に例えると、40人のクラスに2〜3人。めずらしい生き方ではなく、もう「よくある柱の立て方のひとつ」になっている、ということです。
紙に、4つのダイヤルを書いてください。
船の大きさ(大・中・ひとり)。チームかソロか。動かす側か動く側か。柱は1本か複数か。
そして、今の直感で、鉛筆で印をつけてみてください。理由はいりません。正解もありません。
余力があれば、身近な大人ひとりのダイヤルを推測して、答え合わせに聞いてみてください。「どうしてその大きさの船を選んだの?」・・・たぶん、その人自身も言葉にしたことのない話が聞けます。
道具は、これで全部渡しました。
最終回は、もう一度コンビニに行きます。序章と同じ、130円のおにぎりを買いに。あのときと同じおにぎりが、同じに見えるかどうか。それを確かめて、この連載を締めます。