第12講「社会は、どんな仕組みで回っているのか」(別タブで開く)の続きにあたる回です。仕組み編の"お金の区画"への入口になります。
こんにちは。秋元進吾です。
今日は、お金の話です。といっても、増やし方の話ではありません。"聞けなかった"ほうの話です。
お金の話は、聞く相手がいないまま、18歳になります。
家では、なんとなく聞きにくい。学校では、教科書に出てこない。友だちには、聞いたら恥ずかしい気がする。そのまま学校を出て、はじめての給料をもらって、明細(めいさい→もらうお金と、引かれるお金が書いてある紙)を見て、思うんですね。「あれ、思ったより少ない」。
何が引かれているのか。どこへ行ったのか。聞こうと思っても、誰に聞けばいいのかがわからない。だから、わからないまま、払い続けます。
ここで、ひとつだけ言っておきたいことがあります。聞けなかったのは、あなたが臆病(おくびょう→こわがり)だったからじゃありません。聞く場所が、なかっただけです。
この講では、その"聞く場所"を、5つ並べます。お金の話の入口は、じつは5つに分けられます。無料の裏側。引かれるものの一つ目、税金。二つ目、年金。そもそもお金とは何か。そして、値段の中身。ひとつずつ、大まかに見ていきます。詳しい話は、それぞれ仕組み編の回に書いてあるので、そちらへ送ります。今日は、入口の場所を知るだけで十分です。
スマホの中は、無料だらけです。地図も、動画も、ゲームも、連絡も、お金を払った覚えがありません。
でも、それを作った人たちには、給料が出ています。サーバー(データを置いておく大きなコンピューター)を動かす電気代も、誰かが払っています。つまり・・・"無料"は、お金がかからないという意味ではなくて、"あなたの財布からは出ていない"という意味なんですね。
じゃあ、誰の財布から出ているのか。広告を出している会社かもしれない。同じものの、高いほうを買っている人かもしれない。作った本人が、自分で払い続けているのかもしれない。
無料の裏側には、かならず「払っている誰か」がいます。それが見えると、無料のものの見え方が、少し変わります。こわがる必要はありません。ただ、「誰が払っているんだろう」と一度だけ考えてみる癖が、お金の話の、いちばん最初の入口です。
詳しくは、仕組み編 第1回「その"無料"、誰が払っているか考えたことありますか?」(別タブで開く)で書きました。
はじめての給料の明細で、まず目に入るのが、税金(ぜいきん→国や住んでいる町のために、みんなから集めるお金)です。
引かれた。それはわかる。でも、そのあとどこへ行ったのかは、明細のどこにも書いていません。だから、税金は"取られるもの"という感じだけが残ります。
税金は、消えてなくなるわけではありません。集められたあと、道を歩いていきます。国へ行くものと、住んでいるまちへ行くもの。そこから、道路や学校や、消防車や、ごみの回収に姿を変えて、あなたの一日のどこかにも戻ってきます。全部が戻ってくるわけではありませんが、信号が点いているのも、図書館が開いているのも、その道の先です。
「どこへ行ったのか」がわかると、"取られた"が、少しだけ"回っている"に近づきます。多いと感じるか、必要だと感じるかは、あとの話です。まずは、行き先の地図がある、ということだけ知っておいてください。
詳しくは、仕組み編 第4回「その税金は、どこへ歩いていったのか」(別タブで開く)で書きました。
明細には、もうひとつ、大きく引かれるものがあります。年金(ねんきん→年をとってからなどに、毎月受け取れるお金の仕組み)の保険料(ほけんりょう→その仕組みのために、毎月納めるお金)です。
ここで、多くの人が、ひとつ思い違いをしています。「自分の名前のついた貯金箱に、少しずつ貯まっているんだろう」と。
そうではありません。いま納めているお金は、自分専用の貯金にはなっていません。いま受け取っている人たちのところへ、渡っています。そして、あなたが受け取る番になったときは、そのときに働いている人たちが納めたお金が、あなたのところへ渡ってきます。
つまり・・・年金は"ためる"仕組みというより、世代をまたいだ"仕送り"の仕組みなんですね。ためてあるお金もありますが、それはあなた専用の箱ではなく、仕組みみんなのための備えです。これを知らないまま払い続けるのと、知って払うのとでは、明細の見え方が変わります。良い悪いの前に、まず、形を知る。それだけです。
詳しくは、仕組み編 第5回「そのお金は、自分専用の貯金にはなっていません」(別タブで開く)で書きました。
ここまで、もらう・引かれる、の話をしてきました。でも、その前に、もっと不思議なことがあります。
お札は、紙です。硬貨は、金属のかたまりです。それで、なぜパンが買えるのか。
答えは、紙のほうにはありません。受け取る側の「次の人も、これを受け取ってくれるはずだ」という見込みと、これは支払いに使えるお金です、という国の決まりのほうにあります。お金は、そのものに価値があるというより、"あとで誰かが受け取ってくれる"という約束の記録なんですね。あなたがお店でお札を出せるのは、お店の人が「これを、また別の誰かが受け取ってくれる」と見込んでいるからです。
だから、お金の話は、いつも「誰かとの約束」の話につながっています。給料も、税金も、年金も、値段も、その約束の上に乗っています。この一段だけ知っておくと、ほかの4つの入口が、ばらばらの知識ではなくて、ひとつの絵に見えてきます。
詳しくは、仕組み編 第10回「そのお札は、なぜ、ものと交換できるのか」(別タブで開く)で書きました。
最後は、毎日見ているのに、いちばん考えないもの。値段です。
コンビニのパンに、値段が付いています。袋の裏を返すと、作った会社の名前が書いてあって、それは買ったお店の名前とは違います。作った人、運んだ人、卸した人(おろしたひと→作り手からまとめて買って、お店に配る人)、売った人。その値段の中には、通ってきた段ごとの費用と、そこで働いた人の分が、少しずつ入っています。
値段は、「お店が決めた数字」というより、「通ってきた手の数の記録」に近いんですね。高い・安いの前に、その中に誰がいるのかを知ると、買い物の一回一回が、少しだけ違って見えます。
そして、ここで最初の入口に戻ります。無料の裏側にいる「払っている誰か」と、値段の中にいる「通ってきた誰か」は、同じ形をしています。
詳しくは、仕組み編 第13回「そのパンは、何人の手を通ってきたのか」(別タブで開く)で書きました。
5つの入口を、並べてみます。
無料の裏側には、払っている誰かがいる。税金は、集められて、どこかへ歩いていく。年金は、いま働く人から、いま受け取る人へ、仕送りのように渡っている。お金は、誰かが受け取ってくれるという約束の記録。値段の中には、通ってきた人の分が入っている。
全部に、同じ形があります。「先に、誰かが払っている」か、「誰かのあいだを、回っている」か。お金は、あなたの財布の中で始まって終わるものではなくて、いつも誰かとのあいだで動いているんですね。第12講の言い方をすれば、お金は消えずに移動する、です。
だから、お金の話が"聞けない"のは、じつは少し変な話なんです。自分ひとりの話ではなく、みんなのあいだを回っている話なのに、なぜか、ひとりで抱えて黙ってしまう。ここに気づくだけで、聞けなかった重さは、少し軽くなります。
ひとつだけ、正直に書いておきます。
引かれるもの(税金や、年金の保険料)について、「多すぎる」と感じる人もいれば、「必要な分だ」と感じる人もいます。仕組みそのものを変えたほうがいい、という考えの人もいます。どれが正しいかは、この講では決めません。決めなくていい、というより、この講の役目ではないからです。
この講の役目は、"どこへ行っているのか"の地図を、先に渡しておくことです。地図を持ったうえで、多いと思うか、必要だと思うかを決めるのは、あなたのほうです。主導権はあなたにあります。地図なしで決めるのと、地図を持って決めるのとでは、同じ結論でも、重さが違います。
いつもどおり、最後にひとつだけお願いをします。ひとつだけです。
指さすだけでいいです。今日はそれで十分です。
わたしも、この記事を書きながら、5つを紙に並べて、指さしてみました。指さすまでは、5つとも同じくらい遠い話でした。指さしたあとは、ちょっとだけ、そのひとつだけが、こちらを向いているように見えてきます。
この講は、入口です。5つの回は、仕組み編に、開けたまま置いてあります。聞けなかったものから、開いてみてください。
前回の講。
この講の土台になっている、社会の地図。
全体像は、入口の一枚の絵から。
つながる先:はじめに(第0講)/第12講 社会は、どんな仕組みで回っているのか/第15講 合格した翌日、登る理由がなくなる。/仕組み資料室/7つのそだてる力 ゆとりの枝
AIのサポートを受けながら、私のアイデアと考えを体系化した作品集です。