教材の例題は分かる。動画の解説も分かる。なのに、自分のコードを開くと分からない。この落差に「自分は向いていないのでは」と感じたことがあるなら、この講はそのためにあります。
落差の正体は能力ではなく、教材の側にあります。例題は、分かりやすいように無菌室で育てられたコードです。自分のコードは、現実の都合が混ざった生もの。別物なのだから、例題が読めても生ものが読めないのは当たり前なのです。
この講は第2部の締めくくりとして、"自分の実物を教材に変える方法"を渡します。
教習所と路上にたとえます。
第0講で、教習車の話をしました。所内のコースは大事です。S字もクランクも、安全に失敗できる。でも、所内を100周しても運転できるようにはなりません。自分の通る道・・・家の前の狭い路地、毎日の通勤路を走って、初めて運転は身につきます。
学習も同じで、いちばん良い教科書は、自分がすでに動かしているものです。理由は3つあります。
1つ目、文脈を全部知っている。例題の在庫管理システムに思い入れはありませんが、自分の一枚に書いてある挨拶文は、自分が書いたものです。コードの向こう側に、意味が見える。
2つ目、分からない箇所が"本物の疑問"になる。例題の疑問は、解けても解けなくても人生に関係ありませんが、自分のコードの疑問は、放置すればいつか自分に返ってきます。切実さが、記憶の接着剤になります。
3つ目、AIがいる。ここが従来と決定的に違うところです。昔は、自分のコードにつまずいても、解説してくれる人がいませんでした。解説がついているのは教材の例題だけ。だから、みんな例題で学ぶしかなかった。いまは、自分の実物に専属の解説者をつけられます。どんなコードを貼っても、その場で"解説つき教材"に変わる。例題でしか学べなかった時代のやり方を、続ける理由がもう無いのです。
やり方は、仕組みというより作法です。コードを貼って、説明させて、今度は逆に質問させる。この往復が核になります。
自分のコードから、1ファイル選んでください。自分の一枚の人はそのHTMLファイルを。実物がある人は、いちばんよく触るファイルを。
そして下の質問例1を貼り、上から順に説明してもらってください。
読みながら、第6講の手順書づくりと同じ要領で、「知らなかった」箇所に印をつけます。ぜんぶ知っている気がしたら、質問例2で逆質問をさせてください。説明を読んで分かった気になることと、質問に答えられることのあいだには、かなりの段差があります。その段差が、いまのあなたの正確な現在地です。
そのまま貼って使えます。
3つ目が、この講の隠し味です。翌日にもう一度、は面倒に聞こえますが、5分で済むうえに、記憶への残り方がまるで違います。
説明を読んで、分かった気になって終わること。
AIの説明は上手です。読めば必ず「なるほど」と思えます。そして翌日、何も残っていない。これはあなたの記憶力の問題ではなく、"読む"が受け身の作業だからです。なるほどは、理解した証拠ではなく、説明が上手だった証拠にすぎません。
だから、この講の作法には逆質問(質問例2)が組み込まれています。答えようとして詰まる、あの少し嫌な感じ。あれが、頭が本当に働いている音です。説明を読むのが8割で逆質問が2割、ではなく、5割と5割。嫌な感じの分だけ、翌日に残ります。